卓球と初心者指導(仮)

中学校の卓球部における指導について、主に考えていきます。

本当のところは目に見えない

先日大会の会場で、ある二年生のお母さんとお話しする機会がありました。その生徒さんはSK7を使っているので、ここではSさんとしておきます。彼女は小学五年生から卓球スクールに通い始め、現在も同スクールに通い続けています。

今回はお母さんに聞いた話の内容と、Sさんについて思うところを記録します。

 

 

 

緊急事態は目に見えない

お母さんによると、Sさんは今年度に入って部活に行きたくないと漏らすようになったそうです。卓球スクールに通い続ける彼女ですから、卓球が嫌いになったわけではないはずです。私が思うに原因は、”部活動の運営”にあります。先生の発言や振る舞いだけでなく、1,2年生含めたレギュラー勢と練習内容に差を付けられていることへの不満があるのだと思います。

Sさんはかなり活発、言い換えれば”派手な”女の子です。女子にしては(良くも悪くも?)反骨精神のある人と見ていたので、そういう不満が怒りに変わるタイプかなと思っておりました。しかしながら実際には気持ちが折れかけているようで、上記のような言葉が口を突いて出るのだと思われます。この話を聞いた後のある日の練習で、Sさんは中学始めの1年生の指導に充てられていました。一方でその横では、1,2年生1人ずつを含むレギュラー勢が練習しているのです。この仕打ちはあんまりです。大げさと思われるかもしれませんが、これは彼女の尊厳を打ち砕く、もはや精神的な虐待です。練習中にこっそり彼女の様子を見やると、もはや諦めたような表情でうつむき加減です。

Sさんに対しては先生の”当たり”がそれほどきつくないと見ていたので、他の子のケアを優先してきましたが、私が気付かない内に彼女の症状は手遅れになる寸前まで進行していました。Sさんのお母さんのお話ですから当然Sさん側からの見方ではありますが、この段階でお話を聞くことができて良かったと思います。彼女の心がグチャグチャになる前にこっそり魔法をかけることができるからです。

 

女子に限らず、生徒たちは先生含めた大人の前では気丈に振る舞おうとします。大丈夫かと聞かれれば、無理に笑顔を作って大丈夫と言ってしまいます。見た目が大丈夫そうだからと気を抜いてはいけないなと反省しました。自分だって同じような経験があるのに…。

学校で表出しない本当の心理を知るには、家庭内で漏れ出る声を保護者の方から教えていただく他ありません。こう考えれば、教員あるいは部活の指導者は保護者の方と手を取り合う方が良いことは明白です。そもそも生徒に対して教員や指導者は権力者的側面を持つのですから、保護者の方にある種迎合したりご機嫌を伺うくらいでちょうどバランスがとれるものと考えています。

 

目に見えないことを褒める

Sさんのお母さんからはその後、私のコーチングについてのお話もいただきました。お母さんによれば、私が細かい点についてアドバイスしたり目に見えないことを褒めたりするのをSさんがとても喜んでいるとか。具体例として挙がったのは次のような一件です。

 

ある日私がSさんのダブルスを相手していましたところ、チャンスボールに対するSさんの強打が私の手が届かない場所へ放たれました。威力はもちろんの事、フォアサイドを切っていく素晴らしい攻撃です。私はその時、たまたまいいところへ行ったのだろうと考えました。そこで次にSさんがチャンスボールを強打しようとした時、先の強打が着弾したところへラケットを持っていく動作に入りました。すると、Sさんの強打は私のフォアミドルに突き刺さったのです。教科書に載るお手本ような、相手が動いているのを計算に入れてのフォアミドルです。これはもしや、狙っておるな…!と閃光走り、「今の狙った?」と尋ねました。その時にはSさんの反応はそれほどなく、軽く頷いたくらいでした。今思うと、この人はそんなことにまで気付くのか、と少し驚いていたの”かも”しれません。それから練習相手を交代する際に、「強打する時に相手が取れない場所をいつも狙えてるのがいいね^^b」と伝えた記憶があります。

何かを狙って褒めたわけではなかったのですが、確かに言われてみればなかなかいいところに気付いて褒めているなと思います。我ながら感心してしまいました。こういうことを自然と、高頻度で出来る人間になっていきたいものです。

Sさんのお母さんによれば、「今の狙った?」なんて聞いてくれるのが嬉しいとお家で話しているそうです。そういうのが重なって、Sさんが私を信頼しているとも話してくださいました。若干のお世辞も含まれているかもしれませんし、「本当のところ」は分かりません。でも、Sさんのお母さんやSさんが私を信頼してくれていると信じて、私もSさんを信頼したいと思います。

 

卓球において、目に見えることはしょうもないことです。球が速いとか回転が多いとか、確かにすごいことだけれど、そんなことは誰だって言えます。表面を見ているだけでは分からないちょっとした工夫に気付き褒める。君を見ているよと伝える。こういうことが指導者の価値であり、それが皆無なら選手を見ているとは言えません。それはただ眺めているだけです。居酒屋でお酒を飲みながらテレビ越しに観戦しているのと同じです。そんなものは指導ではありません。

 

おわりに

指導者が上で、生徒が下だという思考はおかしいです。そのことを認識すらせず、生徒は意のままに操る対象なのだと考える人間は、こと中学校の教員には多いです。彼らは子供の国の王様になってしまったのです。大人の国の人々が彼らの振る舞いを見たら、すぐに違和感を覚えるはずです。

生徒を一人の人間として尊重する意識を持てば、対等に接することができるはずです。そうやって接していけば、生徒との信頼関係は必ず構築されます。そうなれば彼らは家庭内で指導者に関する良い噂をしてくれて、直接やり取りをしなくても保護者の方との信頼関係が生まれます。今回は、そういう良い流れを少し感じることができました。

 

なんだかハッピーエンドになりそうですが、Sさんだけでなく他の二年生も参ってきています。驚くべきことに、入部して2か月が経ったばかりの一年生の中にも部活に疲れてしまった人が出ていることを、別の保護者の方から聞きました。Sさんのケアだけでなく、一見問題ないように見える人たちの観察を怠ることの無いよう肝に銘じたいと思います。

 

 

(おわり)