卓球と初心者指導(仮)

中学校の卓球部における指導について、主に考えていきます。

心の避難所になる

ある女の子のお話。

 

学校の練習では先生にいろいろと好き勝手なことを言われ、巧く聞き流せない彼女にとっては最悪。最近ではもう言い返すことがあるものの、精神的にはいつも負荷がかかっている状態。

ある日の練習で先生に小分けながら長いお説教を受けていた彼女。計4時間程度の練習の内1時間程度がそれに費やされ、後半の2時間には泣いてしまって練習にならない状態に。練習が終わって体育館を出る時にも目に涙を溜めており、私が声をかけて駐輪場へ向かって二人で話しながら歩き出しました。途中で彼女が立ち止まり、そこから立ち話に。いろいろな話をして、私が引き留めたわけではないけれど彼女が立ち去ろうとする気配はなく、別れる頃には1時間以上が経っていました。その頃には涙も乾いて普段の感じに戻っていたので、彼女にとってはまぁ良かったのかしら…。

 

話すのが好きと語る彼女ですが、家に帰っても家庭の事情で全てを吐き出せずに言葉を飲むことが多いそうです。時には部活からの帰り道で自転車を漕ぎながら、「家に帰りたくないなぁ」と思うこともあるとか。これは…

誰にでもという訳ではありませんが彼女は他人に対する自己開示の次元が高く、幸い私には心のそこそこ深いところまで見せてくれるようです。(自己開示の次元の高さは私と似ているなぁ、なんて。)他にもいろいろ聞かせてもらいましたが、それらは自分用のアナログ卓球ノートにメモしておきました。

先生の言葉や態度によって彼女がかなり参っていることは分かっていましたが、家庭でそれを吐き出せていないというのは知りませんでした。彼女は現在習い事をしておらず、属するコミュニティは家庭と学校くらいです。10代で自殺する子供たちには大抵、居場所や逃げ込める場所がありません。特に小中学生は属するコミュニティの数が高校生以上に比べて少なく、1,2つを失うとポキッと折れてしまいます。彼女には部活に友達がいますし、きっと他の部活にも気の合う人がいるはずです。だから大丈夫…とは思えません。SOSを出していたのに周囲からはさすがに大丈夫と見過ごされ、ある日プツッと切れるなんてのは往々にしてあることだと、近年ニュースを見ていて学んだからです。

私もさすがに彼女がそういうことにはならないと思ってしまうのですけれど、彼女の話を聞くと可能性が0とは言えない状況です。大人が思うより子供の心は深く傷ついていることが多く、大人から見えるよりも事態を重く見ておくのが妥当です。となれば私の役割は卓球の練習相手だけでなく、彼女が思うことをありのまま吐き出せる存在であること、心の避難所になることだと思います。普段からちょっとしたことを話せる相手であり、いざとなったら頼れる相手であれるよう、観察・準備・行動をしていきたいです。

 

1時間強の立ち話から数日後に2人で外部練習をして、その後にも2,30分お喋りしました。昼過ぎに練習を終えていたとはいえあまり遅くなってしまうとご家族を心配させると思って途中で切り上げましたが、その時に「あっ…」と、彼女が一瞬寂しそうな(名残惜しそうな)空気を放ったように思いました。「家族が心配するんじゃない?」と尋ねると「一日いないから…」と言っていたので、もう少しお喋りを続けるべきだったかな…。うーん…。

 

いずれにしても要注意。彼女のような優秀な選手・優れた人間を、潰されてたまるか。

 

 

(おわり)