卓球と技術のソノサキ

中学卓球部における指導と自分の成長記録の二つがメインです。

「個人練習どうですか」と申し出た訳とその後

カット型に転向した(させられることになった)Aさん。

昨年の10月頃に大会会場でお母さんとお会いし、私の方から「もしAさんが望むなら、1-1での練習をすることはできますのでご検討ください。」と申し出ました。

今回はそういう行動に至った理由についてです。

 

カット型にさせたいからではない

核となる理由は、卓球をすることによってAさんに幸せになってほしいということです。高校以降彼女が卓球を続けないにしても、卓球をしていた時間を幸せな思い出としてもらいたい。そうなれば将来家庭を持ち彼女のお子さんが中学に入った時、卓球を勧めてくれるかもしれません。そういうのが積み重なっていけば、卓球の競技人口は増え競技レベルはさらに上がります。世界で対して勝てないくせにテレビには映るある球技を駆逐して、卓球に回す予算を増やすこともできましょう。私にはそういう長期的な野望があるのです。半分冗談、半分本気。

 

私自身はカット型で、カットすること自体が好きでやっています。

だからこそ、望まない人にこんな大変なものをやらせることはできないと考えています。強い意思が無ければ勝てるようになるまでにカットそのものを、ひいては卓球を嫌いになる恐れがあるからです。卓球によって不幸になる可能性があるからです。

先生がお得意の適当な考えで「Aさんをカット型にさせる」と言いだしてから、私は彼女にカット型の試合映像を観てもらった上で説明と確認をしてきました。

カット型はこういう戦型で、こういう良さはあるけれどこういう辛さもある。あなたは裏裏としての基礎が身に付きつつあるし、わざわざカット型にならなくても勝てると思う。やってみたいと思えるなら転向しても良いけれど、そうでないなら僕から先生に言うよ、と。

本当にいいのかい?と日を挟みながら3回は確認して、それでも彼女がカット型になることを拒否することはありませんでした。ここまでしてようやく私は、彼女が転向することを受け入れることができました。

 

彼女の場合は、中学入学時点ですでにシェイク裏裏としての経験が2年ほどありました。カット型に転向するとなると、一時勝ち数が減る時期を過ごさねばなりません。そのまま裏裏でやっていれば勝てたはずの相手に勝ちを譲らねばならない、そんな悔しい思いをしなければならないのです。

学校にはカットを教えられる人間がいないため、学校の練習だけではそういう時期がどれだけ長くなるか分かったものではありません。それどころか、裏裏で続けていた場合に得られた競技力を超えられないまま3年の夏を終えることが目に見えていました。

そんなことになったら最悪です。私なら先生を憎むし卓球を人に勧めることはなくなるでしょう。忘れたい思い出になること必至です。転向”させる”以上、転向しなかったその先と同等以上の幸せを得られるようサポートする義務があります。そういうことにまで先生は頭が回らないのでしょうか。あるいは私がいるからいいや、という浅い考えなのでしょうか。何にしても、卓球の戦型を軽く考えすぎです。選ぶ戦型で、人ひとりの人生が変わってしまうというのに。

 

 

個人練習を始めて、その後

学校外でのマンツーマンのレッスンを始めて半年以上が経ちました。今週で第10回を迎えます。ようやく10回か、体感よりだいぶ少ないな、という印象です。ところが私の感覚とは裏腹に、Aさんの競技力は確実に増しています。

先日の試合ではこれまでに練習してきたもの全てが発揮されていました。ここ数回練習してきたサービス、最初からやってきた3球目攻撃、フィッシュに対するスマッシュ、”何もしない”粒高レシーブ…。やってきたことが全てできているのですから、内容的に満点です。褒めるところしかありません。

団体5番手、2-1から2-2となってベンチに戻り先生の元へ行ってから私のところへ来たAさんは泣いていました。先生に何か言われたからなのか、あるいは自分の勝敗でチームの勝敗が決まってしまうプレッシャーなのか。(今週の練習で確認)

泣く彼女に諭すように語りかけました。

いつものサービスをもう少しはっきり長く出すこと。そうすればレシーブははっきり長く来るから打って行けるものは後ろに入れて優しく大きくドライブ。いつも練習していああのパターンだよ、あなたならボールを入れることが出来る、大丈夫。打つのが難しくても長いツッツキだからラリーもやりやすくなるよ…

これが効いたのかどうか分かりません。ツッツキで1-0、攻撃して2-0。5-1まで来た辺りで少しずつ落ち着いてきたのか泣き止み、相手も粘ったものの11-8で勝利を決めました。

精神的な負荷が大きかったと思います。そんな中よく戦い抜きました。その後も5番手でフルセット、9-11で敗れてチームは敗退。悔しさか悲しさかチームメイトへの申し訳なさか、泣いてしまいました。泣くことへ懐疑的な私も、これは泣くのも致し方なしと彼女の心境を思いました。むしろ泣かなければ心が壊れてしまったかもしれません。

 

個人練習の始まりは私からの申し出でしたが、練習を希望するかどうかはAさん次第でこちらから連絡はしません。ここのところテスト期間を除けば4週連続で、練習希望の連絡が入ってきています。本人が望んでいるのか、お母さんがけしかけているのか本当のところは分かりませんが、お母さんは強制するような人ではないので前者なのでしょう。うーん、そう思いたいところですね。

彼女含めた2年生を対象とした少人数レッスンが始動したことも、彼女を後押しする一因かもしれません。皆も伸びてくるからうかうかしてられない!と。

 

ここ最近練習し始めたサービスがまさに週末の試合で効果を発揮し、相手のレシーブがボトッと落ちた際には「あっ!ほんとだ効いた!」とばかりに、笑顔でこちらを見やり目が合う場面もありました。こういう瞬間が多くなれば、満足度は上がっていきます。効果を実感すれば練習も楽しくなり、自主的になっていきます。そしてそれが勝利に繋がれば尚更です。そういう正のスパイラルに巻き込むことができれば、強くなっていきます。1年後の彼女が楽しみです。

 

 

(おわり)