親の代わりになれるか

放任・無関心・ネグレクトの傾向がある家庭で育った子供たちの心を温めるのも、部活動にかかわる人間の役割と考えています。

親の代わりにはなれないけれど、部分的には代替品になれるのではないかなと。

 

上手くなる以前に愛される経験を必要とする子供たちを抱えて。

 

 

先日お話したピアスを開けたい2年生はもちろん、1年生にも何人か家庭に問題を抱える子がおります。彼らは、親に愛されて育った子たちとは一線を画す雰囲気を纏っていて、振る舞いや言動にも特徴が認められます。

気に入らない人・心を許していない人に対して異様なほど辛辣であるとか、こちらの声かけに対して応答がないとか、あるいは粘着質と感じるほどしつこく話しかけてくるとか。

 

卓球の上達をしてもらうことも大切ですが、それと同時に彼らには愛を与えないといけません。

彼らは家庭内で大切にされるという経験をしてきていません。何か良いことをしても褒められないどころか、何をしているかすら見てもらえません。

 

親が見てくれないなら、私が見て褒めて、彼らを愛してあげるしかありません。そういう役割は、チームメイトにはきっと難しい。

それは中学生だから幼いということではなくて、関係性が違うから。学校生活を一緒に送る上で良くないところも目についてしまうから、愛せと言ってもこれは難しい。

 

私の愛が彼らに届いて、彼らの素行が少しずつ良くなっていくことを願うばかりです。

最初から卓球の上達だけ考えればよい子供たちは、幸運なことに愛情に恵まれた家庭で生まれ育ったのです。

 

 

私はいつか、卓球と勉強の両方を教えられる教室をやってみたいと考えているのですが、お金を貰って指導するとなると本当に困窮する子供たちには手が届かなくなってしまうことが気がかりです。

こちらから中学校に入っていかないと、そういう子供たちには出会うこともできませんのでね…。うーん…

 

 

(おわり)