卓球と技術のソノサキ

中学卓球部における指導と自分の成長記録の二つがメインです。

要望、再び

ちょうど昨年の今頃、顧問の先生に「ベンチでのこういう振る舞いはやめてほしい」という要望を伝えました。

 

生徒たちの話を聞く限り、残念ながら相変わらず同じようなことを繰り返しているようです。主にこの先主役となる2年生の事を考え、さらに3年生にも県総体があることを考えると、県総体より前に再度私から伝えないといけないでしょう。

 

 

いつになったら変わるのか

先日の地区総体団体にて、3年生のエースAさんが競り勝った試合がありました。技術的にはAさんがやや上を行くものの相手も何もできないわけではなく、セットを落とすことに驚くことはありません。

戦略・戦術を上手く組み立てればセットを奪えるくらいの差、ということです。

 

試合が終わって彼女がベンチに戻り、私と2人で軽く振り返りをします。仮にそこで団体として負けたとしても次の日に個人戦シングルスにAさんは出場するため、うまくいったことや方針を確認するに留めました。打法やメンタルに関する”技術的な反省”は大会が終わってからで結構なのです。大会期間中はただでさえいろいろなことを考えて負荷がかかるのですから、いかにして選手をリラックスさせるかを考えます。

 

ところがどっこい、先生はその後に彼女を呼びつけて何やら話しています。私は「まーたろくでもない説教かな」と眉をひそめながら横目に見ておりました。

後になって聞くと、「声が小さい。声を出さないからセットを取られるんだ。」という旨のありがたいお話をいただいたとのこと。

 

昨年私が伝えた要望の中には、「試合中に『なんでこんな相手にセットを落とすんだ』とか、『お前が負けるような相手じゃない』といった、選手の気持ちを乱すようなことを言わないでほしい。」というものが含まれていました。

 

まるで成長していない。

 

Aさんから”お説教”の内容を聞いて愕然としました。何も変わっていないじゃないか、と。一体先生は、何を考えているのでしょう。私が言ったことが理解できなかったのか、忘れてしまったのか。あるいは、自分を変える気などハナからないのか。

 

 

本番になってからでないと言えないなら、言う資格はない

試合中に打法を変えることが難しいように、大会が始まってから考え方や心の動きの傾向を変えることは困難です。何をいまさら…という話です。

 

本番の試合で選手がどういう状態になるか見越して、普段の練習で懇切丁寧に言って聞かせ練習試合で試して、少しずつ形成していくのです。それができないなら、大会中は黙って見守るべきです。

 

Aさんに再びスポットライトを当てます。

彼女の場合は相手に流れが行き始めると精神的に崩れ始める傾向が人よりも強くあります。そのことには1年生の頃から自覚があり、彼女なりに変わろうともがいてきました。その努力により少しずつではありますが、精神的な強さを手に入れてきています。これはAさんの試合を観ていれば分かります。かつては精神的に踏ん張れなかったような場面で持ちこたえ、流れを自分に引き寄せる試合が見られるようになってきました。1年前と比べれば別人です。

 

件の試合でもセットを落としはしたものの最後は勝利しているわけで、内容的にも一時崩れそうになった精神状態を立て直し戦略も転換することができました。

他人と比較せず彼女自身と比較をすれば、十分よくやっています。

 

 

要望

この夏私が先生に伝えたい要望を挙げてみます。

  1. 試合中の選手の声出しを強制しない
  2. 大会期間中、全試合が終了するまで選手の気持ちを落とすようなことは言わない
  3. 夏から秋にかけて、1年生は戦型に依らず裏ソフトで基礎練習をさせる

 

1.試合中の選手の声出しを強制しない

こんなことは何度も、先生も聞いている状況で生徒たちにお話してきました。声を出す子とは目的ではない、自分を励ましたり調子をあげたりするための手段に過ぎないと。

 

試合の序盤に声を出した方が調子が上がっていく人、集中するほど声が出なくなっていく人、出さない方が力が抜けてうまくいく人…。いろいろです。人間が違うのだから、人によって声の出し方は違って然るべきです。

 

「君はこういうタイプだから、試合のこういう場面で試しに声を出してみよう。」という勧めならば分かります。声を出すことに効能があることを気付かせることは重要です。そうして試していく中で、本人にとって一番戦いやすい声の出し方を見つける手助けをするのが大人の役割でしょう。

 

ただ「声を出せ」と強制するのがコントロール系の先生たちの得意技ですが、そこに根拠が無ければ言う通りにする必要などありません。「うるせぇ、ばーか」と心の中で思って流せばいい、そう考えています。

 

子供たちに関わる立場の人間が反抗を助長すべきではない、と世間は言うでしょうね。でも、私は間違っているとは思いません。間違っているのは”大人”の方ですよ。

 

生徒たちに直接話を聞くと、2年生以上はほぼ理解し納得しているようです。「先生はそういう話を頷きながら聞いているくせに、話が終わってすぐに『声を出せ』と言ってた」という話も聞きました。もうね、ふざけるなと。頭がおかしいんでしょうかね^^?おかしいんでしょうね。

 

2.大会期間中、全試合が終了するまで選手の気持ちを落とすようなことは言わない

こんなの、常識なんですけれども…。口では分かっているようなことを言うくせに、実際にやっていることが違っている教員が多すぎますよ。

 

そういうことを言う大人はね、実際に試合をしてみればいいんです。

「どうしてそんなスイングなんだ!だからミスするんだ!」

「なぜあんな相手に負けるんだ!相手は格下なんだぞ!」

こういう風に、ベンチから言われながらね。

 

大会期間中であってもすぐに修正できる技術的な問題や、戦略に関する指摘についてはあっても構わないと思います。しかしながら言い方には十分気を付けなければいけません。否定的な言い方ではなく前向きな表現、つまり「こうしたからダメなんだ」ではなく「こういう風にすればもっとうまくいくね」と転換します。

この程度の事…人間として出来てほしいですよね、大人なんだから。

 

3.夏から秋にかけて、1年生は戦型に依らず裏ソフトで基礎練習をさせる

こう言うと反論する人がいます。「中学スタートは時間がないから…。」

いやいや、数か月を割いてでもここに時間をかけた方が2年半であっても近道なんですよ。実際、裏ソフトでのフォアハンドを対してさせずにカットばかり、あるいはペン粒のショートばかりさせられた3年生たちは、2年生の後半あたりから苦しんでいました。出来ることが増えていかないのです。

 

私が関わる学校ではそれなりの練習量と生徒たちの真面目さにより、3年生になれば自分の戦型で軸となる技術はまぁ何となくできるようになります。それだけで勝てる相手には勝てるところまで達するのです。

 

ただ、そこから先が、ない。

 

せっかくカットが出来るようになったのに、フォアハンドの基礎を飛ばした結果ペン粒にただ殺され。

強ドライブに対するカットショートばかり最初にさせられ、力加減を最後までつかめなかったペン粒二人。内一人は相性的には負けづらい、カット型に為す術なく敗れました。

 

結局、必要になるんですよ。裏ソフトを扱う感覚が。それに、裏ソフトを扱ってから異質やカットを覚えた方が習得も早いです。だって力加減の調整を覚えたあとなんだから。

 

 

2年半は確かに短いです。卓球を理解できるとは思えません。

「だから、裏ソフトを触っている時間はない」

 

というのは短絡的です。そもそも2年半でやれることなどたかが知れているのだから、だったら本人たちが苦しまないような手順を踏んで、その中で生徒たちが進めるところまで行ければいいと私は思うのですけれど。

 

いきなりチャーハンの作り方ばっかり教えるから、おいしくお米を炊くこともできないまま終わっていくんです。

 

ここに、この夏で引退となる3年生の言葉を記しておきたいと思います。

 

「最初に裏ソフトのフォアハンドをもっとやっておけば良かったと思う(カット型談)」

「外部に練習に行くと、『ツッツキしてもらって…』などと裏ソフトが使える前提で相手から言われ、裏ソフトが扱えないから困ってしまった(ペン粒談)」

 

 

おわりに

この記事を読んでくださった方たちの中には、卓球の指導あるいは教育に関わる方がいらっしゃるかもしれません。もしもご自身の振る舞いに思い当たるところがあるなら、即刻チェンジしていただきたいです。でなければ、この先もあなたは関わる子供たちを不幸にしていきますよ。今この瞬間から改めてください。

 

2年生たちに直接、私から先生に伝えてほしいテーマを募っています。

私から見て一番問題と思うのは選手への声出しの強制と大会中の精神的な押し下げですが、本人たちはどうでしょう。

 

 

(おわり)