対カットでのドライブの高低 ~人生二周目のBさん~

先日友人の知恵を借りてまとめたことを質問をくれたAさんに伝え、生徒全体にも共有しました。

その内容は以下にまとめております。

 

今回はこの内容に関わるある一件について書いていきます。

 

Bさんの意見

私がAさんとの練習中に高低を変えることを提案し、彼女なりに試してみたようです。

練習後の感想は次の通り。

普段の練習ならドライブの高さは変えられる。特に最近は前に振る低いドライブを練習しているから、使ってみている。

でも切れたカットに対しては高さを変える余裕が無くて、思ったほど高くできない。下回転に引っ張られてしまう。

うーんなるほど。

ここはスイングスピードとインパクトの強さがもっと必要になるでしょうね。

 

その後彼女に許可を取り、練習後のお話タイムで全体に質問と回答を共有しました。

 

この内容についての手書きのメモをAさんに渡そうと思ったのですが気付いた時には姿が無く、他の生徒に渡してもらうことにしました。

 

体育館から出て帰ろうとしていると、人生二周目のBさん(一年生)がメモに見入っています。

Bさんと歩きながらお喋りをすると、いくつかな意見が飛び出しました。

(赤字:Bさん、青字:私)

自分が高低変えても、相手のカットの速度は変わりませんよね?同じ感じで返ってきちゃいます…。ドンッと強く打っても速いカットが返ってくるから、テンポが変わってる感じがしないし…。

自分にとっては同じでも、カット側にとってはテンポがズレて来るからやりづらいよ。

これに対してやや怪訝な顔でBさんが答えます。

え、私も高低気を付けてるんですけどやりづらいですか? 

うーん、そりゃ僕も一応調整してカットしてるからねぇ…

でも、高さが揃ってたらもっとラクにカットできちゃうよ。

高低の変化付けてるから二年生の(カット)二人は苦しんでるでしょ?

こんなやりとりをして別れました。

怪訝な顔をしたのは、Bさんが私と練習する時にドライブの高さを変えても簡単に返されるからだと思います。「やりづらいって言うけど、私のドライブ簡単に返すじゃない…」といった心境なのだと想像されました。

 

帰宅途中に「あぁ、これが部長の子が言っていた”Bさんの反論”ってやつか」と気付いて笑ってしまいました。

今回は反論と言うか持論を展開してくれたわけで私に不快な気持ちなどありませんでしたが、こういう感じでいつも自分の意見をバァーン!と伝えるんだろうなぁと思いました。

私にしてみれば、「簡単には納得しないその姿勢、いいぞ!」と思うのですが…。

 

成長していくにつれて、人や場面を選んでいけるように自然となっていくだろうなとも思います。でも、自分の意見をしっかり持つ姿勢やそれを変な遠慮せずに伝える姿勢は持ち続けてほしいなぁとも思います。

人生二周目といってもまだ中学一年生ですから、その辺はしょうがないよなぁと。部長である彼女をケアする方が良いでしょうね。

 

 Bさんの不満

Bさんについて書いていて、今回の練習で印象に残ったBさんの言動を思い出したので一緒に書いておきます。

 

Bさんとのゲーム練習を終えた後のことです。

私の繰り出すあるボールについて、返し方が分からないとのことでした。

これは当たり方によって下だったり横だったり上もあるので、カットを打つ時と同じで力加減に気を付けて回転で持ち上げるようにすれば、ドライブの高低が変わるだけでコートに収まります。

ただこの打ち方はかなり技術に長けた人でないと難しいですし、そんなにたくさんやられることもないと考え、「気にしなくてもいいんじゃない?」

と言うと「3本もありました…」とのこと。やはり簡単には納得しません!(笑)

 

少なくとも中学生でこの打ち方をしてくる人に出会うことはないので、これを打ち返す練習をしなくても問題はないです。

ただ、確かに私は時々使うので、あとはBさんの気持ち次第です。何としてでも返したいから私の(ボールを返す)ためだけに時間を使うのか、それとも「そんなのやってくる人いないし切り捨てよ!」と割り切るのか。

 

ここまではBさんに伝えました。

 

私がBさんの立場なら即刻切り捨てます。あとは、この打ち方をさせないような配球をするようにします。台から遠くにいる時に身体の正面にツッツキが来た場合にのみ使用する打ち方なので、それを封じようと思えばできるはずですから。

これをBさんに言っても、おそらく彼女の性格上納得しないような気がします。

相手の得意を回避して勝つよりも、得意に真正面からぶつかって勝ちたいという気持ちが強いと思うからです。

卓球を生業にするわけでないなら、これはこれで良いことなのだと思います。そりゃ打てないボールがあるなら打てるようにしたいと思うのは自然なことですね。

 

自分自身を振り返ってみれば、同じようなことに思い当たります。

カット打ちやフォアハンドの順横回転サービスなどがそれです。

「使えなくてもカット型としてはそんなに問題ないじゃん」と言うこともできますが、やはり目の前に明らかに出来ないものがあったら出来るようになりたいと思ってしまいます。

 

Bさんはこの春二年生になるのでまだまだ時間がありますし、ゆっくり楽しんでやっていけばいいとも思います。

人生二周目の彼女が卓球および思考・観察においてどのステージまで進むのか、今から楽しみです。

 

 

(何とも尻すぼみですが、おわり。)